国内

救急出動件数の増加

以前の記事「自治体半減の衝撃」を書いていた時から気にはなっていたのですが、本当に現実がこれならば明らかに被曝の影響だと推測されます。

「昨日も東京の電車駅や車内の急病人がハンパじゃなかったらしい。

新宿で頭から血を流してぶっ倒れている人。

渋谷駅でホームから転落。

駒澤大学駅で救護人通報。

国分寺で急病人対応。

中野駅で非常ボタンで中央線が急停止。

もう首都圏は壊滅の危機にあるという前ぶれではないのか?」

「電車内での急病人急増は、ネツトを見ていれば誰でも分かります。

おそらくこれにどう対処し、ごまかすか、隠していくのか、作戦が立っていないのだと思います。

それだけ事態が深刻なのでしょう。布団の中で亡くなるだけではなくなってきたのです。」

大手のマスコミでは報道されていないように見受けられますが、「電車内での急病人急増は、ネツトを見ていれば誰でも分かります。

ということで少し検索をかけてみましたところ確かにかなりの記事がヒットしてきます。

京浜東北線。急病人がない日はありません。

こんなに連日なのに全く報道されないのが不思議です。

千代田線では乗ってる電車に急病人が出て遅延

東北本線上り、車内で人倒れたみたいで救急車呼んだらしい

こういった声がネットでは頻繁に出てくる。

どうも東北・首都圏で急病人増加の情報は本当のことみたいですね。

庶民の声であるツイッターから拾っています。

ちなみにツイッターは信頼性の根拠とはならないと言われる方もおりますけれども、政府に取り込まれた今のマスメディアのねつ造・スピン・矮小化等の報道よりかは信頼性の一端を突いていると思っています。

明らかに一定の方向性へと世論を意図的に誘導しているのです。

読売と産経は特に目に余りますね。

産経は三流軽薄新聞などと揶揄されていますが、私はカルト新聞と呼んでいる。

あんなに主観が強調され混入している新聞はないでしょう。

朝日新聞もおかしいが、あの新聞はスピンではないのか?

保守と対立しているように見せかけながら、根っこでつながっていないか?

すこし怪しいものを感じています。

世論誘導の毒に当てられないためには、今は地方の新聞しかないのではないかと思っています。

私は読売新聞を取っていたというより神道に取らされていたことが、福島ではっきりと分かりましたので、今は地方紙に切り替えています。

朝、起きてボーとしている時に必ず読売の一面が目に入るのですね。

そうやって知らず知らず少しづつ毎日洗脳し、一定の方向へ精神を誘導しているのがわかりましたから地方紙である中国新聞に変えました。

これは福島の件で露骨に表面化したのです。

客観的な記事など存在しないのだから、洗脳してもいいのだとうそぶく声が聞こえてきそうですが、自我の好き嫌い、快不快、願望等々を絶対化したり、主体化したりするのは神理にも反しています。

神我即自我そのままが実在であり、神理ですから、自我は一定限度の範囲しか許容されていない。

未熟でもその有限の自我とその主観を通して真実に到達せんとする報道姿勢が真の報道でしょう。

記者が真実を求める姿勢と求道者が神の心を求める姿勢は同じです。

真実とは少なくとも我々人間世界にはなく、真実とは我々人間にとっては神しか存在しないのですから真実を求めてさえいれば、どの道から入っても同じ神の心に到達します。

人間の知識・思考・概念・認識・情操はすべて相対的な性質を有しているためにその相対性の中に「真実」はありません。

我々人間に真実はないのです。

我々は我々だけですとその相対性から真実を失うのです。

真実とは我々にとっては神の存在のみです。

本田勝一氏の著書を読んだことがありますが、そこではこのような意味のことが書かれていました。

「新聞は不偏不党・中立中党・公平で客観的な報道を心がけなければならないと言うが、記者としての実感は客観的な報道というのはないのだ。

例えばある事件があるとする。

記者はそれぞれ自分の目で見るわけだが、その時必ず主観が入る。

その事件をどの角度から見るかは記者によってそれぞれ異なっている。

その事件のどの部分を強調するかも記者によってそれぞれ違う。

またその事件を取材すれば、人間なのだから必ず個人的な感想が入る、これもそれぞれの記者によって異なっている。

どのように排除しても、記者なりの主観が必ず入るものなのだ。

報道の記事はすべてそういった主観を無視して書かれることはない。

客観的な報道に越したことはないけれども、実は客観的な報道というものはなく、必ず主観的なものが記事には反映されるものなのだ。」

しかしてその主観や願望を主体化し、絶対化して何の関係もない他の神の子を、自我を中心に置いている者が軽薄に誘導していいものではない。

すべて神の宿った神の子です。

神という言いかたに抵抗があるならば、「真実」と言っても同じ。

ここに自分も向かい、他人も向かい、人類全体が向かわなければならない。

自我や物質は有限の範囲でしか神は許容しておられない。

この神の許容を「寛容」と言う。

我々の未熟を理由に神が腹をたて、すぐに殺すような神ならばそれは神にあらず。

未熟な人間は神の寛容なくして存在することはできない。

不偏不党・中立中党というのは、もともとはイギリスメディアが淵源のようですが、高橋信次氏流に言えば「中道」ということですね。

それで思い出しましたけれども、高橋さん、お釈迦さんのことを心配してましたよ。

あれだけ中道、中道言うたのに、極端なことばっかりやって、ほんとにもー」ってあの世で高橋信次のおじさんも言ってましたよ。

かなりお釈迦さんから酷いことを言われていたと思いますが、心配しておりましたので一応書いときます。

自我を中心におけば、この大宇宙では必ず神の体(物質)に支配される。

物質はイコール時空であり、時間と空間は相対的なものであるとアインシュタイン博士と言う偉い人も言ってました。

物質とは相対的なものであり、自我も相対的なものである。

自我を主体化すれば、必ず物質の支配を受け、その相対性の両極に偏る。

左右の両極端を捨てて中道に入れ 高橋信次

自我を中心に置けば、左右に偏るということですね。

偏るとは物質が心の物差しとなっている状態ですから神の心と自己が分離している。

モーゼも言っていましたね。

正法とは神の心とおのれの心を同じくする、これだけなのです、と。

神の体と同じくするとは言っていませんでしたね。

神の体と同じくなっている人、一杯いますけどね。

物質即我の境地の人、一杯います。

俺は物質だー。

肉体だー。

だから金を追うんだー。

お金が大好きだー。

国益も大好きだー。

そもそも俺は俺が大好きなんだー

好きはいいけれども、それ宇宙の理法では有限なんで、その範囲を超えれば悪になるのです。

神の心は無限、神の体は有限であり、これは永遠にそうなっているのです。

変わらないのです。

宇宙が神だって言ってるでしょ。

肉体を自分だと思っているから、肉体を維持するのは神の心ではないのです。

肉体を維持するのはパンと飲料水ですから、それを管理している富を追うのですよ。

肉体を保存せんとする自己保存ですね。

GLAでは、だから「自己保存は悪」だと教えられてきたはずです。

肉体を保存せんとするならば、それは神の心なんか追いませんよ。

肉体を維持するのは食料と水であり、体温を維持する毛布ですから、それを管理しているのは富です。

当然、自己保存は富と国益を目的とする人生観となりますが、それを目的として生きればどうなるか?

「世のさまみりゃ、わかるであろうがな」

これだけ世界が腐る。

自己保存が悪だという意味をご理解頂けたでしょうか。

人間とは肉体ではなく、生命だと言っている、霊だと言っている、思考するエネルギー体だと言っている。

その神の子が肉体を自分だと思う霊的未熟から富と国益を追っているわけですよ。

人間を肉体とし、物質とする人間観は間違っているのです。

話が随分とそれましたけれども、総務省消防庁に救急出動件数が掲載されています。

「平成26年の救急出動件数等(速報)」の公表(平成27年3月31日)

この総務省のデータを見てみますと、2014年度は速報値ですが「598万2849回」救急車が出動していることになります。

ここでも2011年(平成23年)からいきなり出動件数が増加しています。

福島でしょうね。

事故前の2010年と比較しますと、52万件ほど増えています。

しかも傾向としては増加基調です。

今年は600万件を突破しそうですね。

青い棒グラフは右肩上がりに上昇中です。

ツイッターの声が裏付けらているデータだと思っています。

政府はオストリッチ・コンプレックスで見ないように地面に首を突っ込むのでしょうが、恐らく2017年にはにっちもさっちもいかなくなっている。

生命を見ますと、電車内で急病で倒れた人に向かってこれです。

この日本では人の命は軽い。電車のダイヤよりも軽い。

「車内急病人とかさ、ドア空いてるんだから自力で出ろや さもなくば死ねば良いのに」

「電車を送らせた急病人は他の乗客に時間的な賠償をしなきゃダメでしょ…」

「帰りの電車でも急病人発生して止まってる そのまま息の根も止めてやろうかゴミクズ」

「また急病人…。自分で静かに電車降りてベンチに座ってなよ~、どんだけの人に迷惑かけんの」

唖然としましたが、急病人の人にこの言い方はないでしょう。

精神が荒廃しているのではないか?

迷惑とは利益のことですね。

何故神の子がそんな酷いことを言う方の利益に奉仕しなければいけない?

神の正義に対する奉仕と義務は、もちろん認めますが、神の体を汚染する利益への奉仕は、少なくとも義務とは認めない。

不利益を自分に与えたことを迷惑と言い、だから利益を追って神の体である自然界に迷惑をかけている。

それとも神の心を追ってきたとでも?

急病人の方に言う言葉ではない。

ただやはり電車内での急病人の増加は事実らしいことが分かります。

しかし酷い言い方です。

お釈迦さんではありませんけど、

「愛がなぁいのです。なぁいのです。愛がなぁいのです。」

愛とは真心と思いやりです。

これを生涯クリアできれば地獄界に落ちることはなぁいのです。

要は愛がなぁいのです、日本はお金がなぁいのです。

高橋さんはあの世で仕事がなぁいのです。

霊言を降ろす仕事を取り上げられちゃって。

・・・・ぷっ

あぁいけない。

人の不幸を笑ってはいけない。

ごめんなさい、正直で。

まったく女・子供のざれ言ばっかり言わせやがって。

一応、如来だから偉いんだぞ、ほんとは、むなしいけど。

まぁしっかりと神理を悟って、向上してくれ。

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