真理関係

GLAについて

「GLA」についてですが、誤解をしてもらっては困るのは、当ブログで扱っているのは、あくまで「1976年」までの「GLA」の教えであり、現在の「GLA」の教えではありません。

初代開祖・高橋信次氏の教えを扱っているのであって、2代目以降の「GLA」を当ブログでは言っているわけではないということです。

「GLA」というからこの点を誤解してもらっては困ります。

高橋信次氏時代の「GLA」と現在の「GLA」の教えは、全く違うのです。

生前、高橋信次氏が「佳子、お父さんの言うことなんか、全く気にする必要なんてないからね。

佳子の思う通りの法を説きなさい。」と言い、「・・なら、そうしよ」と言って、「GLA」は初代とは違う真理になってしまったのです。

それを後からあの世に帰天した高橋信次氏が、後悔したかのように言っていました。

どこかの宗教団体でも、初代と違うことを二代目が言い始めて混乱したようなところがありますが、そういうふうに、御本尊、御教祖様と違ったことを言い出した場合、成功する可能性は少ないことが多いです。

それを納得させるだけの力がなければ、成功しないことがある。

ソース : 高橋信次の大預言 第5章 人類の未来図

ほんと「GLA」のほうは、初代と全く違う法になってしまったのです。

これゆえに高橋信次氏のご逝去以降、そのお弟子さんたちは分裂していったのです。

ちなみに私は「GLA」に関係したことも、接したこともありません。

ただ残された書物とテープを通して勉強させて頂いただけです。

その教えに対する霊天上界での評価は、あの評判の悪い、あるいは偽物と揶揄されている『内村鑑三霊示集』で言われていたと思います。

本物の鑑三さんですけどね。

問題はありますけれども、「理念」は、明らかに「如来の理念」です。

今、私の世界から見て、一〇〇パーセント合格だという宗教はありません。

しかし、八〇パーセント、八十点ぐらいはつけられる宗教はあります。

たとえば、仏教系で言えば、高橋信次氏が生きていた頃の「GLA」の教え。

これは、おそらく九十点ぐらいはつけられるでしょう。

現在は、後継者にその教えが受け継がれていますが、八十点はつけられないとしても、悪い点といい点をくらべると、いいほうが多いであろうとは思います。

人を救い得るかどうかは別としても、他の一般の新興宗教と比較すると、形としては、まだ正法の形を残しております。

あるいは、そうですね、神道系では、他に〇〇〇〇の祈りばかり説いている会があります。

この会の初代教祖自身は、もともとは、正しい教えから入っていったのですが、いかんせん増長慢になってしまい、途中から魔に入られたようです。

自分の霊能力を過信して、だいぶ狂っていってしまった。

そうしたところがあるようです。

ですから、そういう意味では、教えを受けた人たちが大変迷っている。

こういうかわいそうな例もあります。

あるいはまた、これも神道糸ですが、M教とかいうのがあります。

これらも、先ほど話した手翳(てかざ)しなどをやって、人びとを狂わしている。

まちがった教えです。

善意のまちがいなのですが、彼らには、それがまちがっているということが分からない。

いずれにしても、合格点には満たない教えです。

キリスト教で見れば、「Eの〇人」にしても、「T原理」「〇〇〇の方舟」にしても、すべて合格点は出ていない。

また「モ〇〇〇教などといって、日本でもずいぶん勧誘している者もおるようですが、これも、おかしい。

ソース : 内村鑑三霊示集 第3章 日本を憂う

どの教えも霊天上界から見て100点を付けられる教えはないけれども、生前の高橋信次氏の教えは90点、生長の家の教えは、80点~90点を行き来している、と。

生長の家の教えよりも多少、高橋信次氏の教えの方が評価は高かったと思います。

ただ内村鑑三氏は、旧約時代にエレミアとして出ており、元々がヤーヴェ系統ですから、身内の評価だから高く評価していると思われる方もいるかもしれませんが、必ずしもそうではなく、私が見てもそう思います。

高橋信次氏の悟りの方が、少しですが「生長の家」より高かったのではないか。

ただ一般人が学ぶとしたら「生長の家」の方が知識が豊富であり、書物を書くのも高橋氏より上手でしたから勉強にはなるかもしれません。

悟りは高橋信次氏の方が少し高いけれども、学ぶ、あるいは勉強になるとすれば谷口雅春氏の方が、一般人からすれば勉強にはなるでしょう。

高橋信次氏の方は、悟りが高いのは分かるけれども、書物にそれがうまく表現されていないのです。

恐らくあれではお弟子さんにその悟りの内容と実質が伝わっていません。

一応、高橋信次氏の真理が、今回の「救世の法」の土台なのですけどね。

ただ「心と人間シリーズ」を読んでも、その悟りの高さが分からないのです。

一般人の勉強には、あまりならないのですね。

書物だけを読みますと、高橋氏の方が評価は低くなるのではないか。

事実、生前の谷口雅春は高橋信次への評価は低かったはずです。

本だけを読むとそう見えるのです。

あるいはあの派手な霊現象を見ますと、そう評価する気持ちも分かります。

現在の「GLA」の評価は、人を救いうる教えとは言えないけれども、正邪を比較すれば、まだ形としては正法の形を残している、とそう言っています。

そうでしょうね。

1987年時点の評価としては正当だと思う。

『大天使ミカエルの降臨』では、ここまで高橋信次の正法を捻じ曲げてしまっては、もうどうにもならないところまで来ているなんて内村鑑三氏と異なる評価をしていたと思いますが、この「矛盾」は霊媒の自我です。

「矛盾」がある時には、必ず霊媒の表面意識が出しゃばっている時です。

当時の「GLA」への感情的反発を霊媒の側がもっていると、こういった「矛盾」が出ます。

内村鑑三氏の評価が正当だと思います。

その他は、「手かざし系」の宗教はすべて「失格」であり、「超能力宗教」もすべて「失格」です。

事実、心境が良く、まだ諸神霊から指導を受けていた頃の大川さんが、その地獄に堕ちている教祖とみな話しています。

大川さんは、名指しでは言っておりませんが、世界救世教の岡田なんちゃらとか、真如苑の伊藤なんちゃらとか、「手かざし系」と「超能力宗教」の教祖は、みな地獄に堕ちていることを確認しています。

諸神霊は、白光真宏会の教祖とかみな地獄に堕ちていると言っていました。

『エホバの証人』やあの如何わしいジョセフ・スミスの『モルモン教』、あるいは『統一教会』もすべて「失格」です。

「教え」を見れば分かるでしょうにと思うわけですが、大宇宙が神だという単純な一事実すら知らないで神を語っています。

しかして彼らはその間違いが分からないようです。

悟っておらず、霊格もなく、努力もしていないのに「神の名」を語るからそうなる。

最澄が無間地獄で反省行に打ち込んでいるというのは意外でしたが、晩年を調べてみると確かに良くないですね。

織田信長が延暦寺を焼き討ちしたように、当時の「比叡山延暦寺」は悪名高く、今では「仏教ヤクザ」と言われています。

最澄は後代の仏弟子の罪まで背負って反省行をしているため、地獄界に長くとどまっているのであろうと思われます。

高橋信次や谷口雅春、こういった霊天上界に帰天できている教祖は、片手で数えられるほどしかいないのが現実です。

彼らは例外中の例外であり、出口王仁三郎も言っていたと思いますが、現代宗教の「96%」の教祖は、大悪魔・中悪魔・小悪魔のどれかに憑依されている。

この点を生前の高橋信次氏も、「触らぬ神に祟りなし」と言っていたはずです。

地獄を見たければ教祖をやればいい。

「96%」の高確率で地獄を見れるし、行けます。

神を舐めている宗教家が多いですが一旦、神の名を語って真理だと言う時には、自動的にその者の命をかけさせられるのです。

「神の心」だと言って、もし「神の心」ではなかった場合、つまり間違っていた場合には、一般と違い自動的に命をかけさせられ、その反作用を受け、地獄界で反省することになります。

旧約の「十戒」でみだりに神の名を唱えるなと言っているのは、これを言っているのです。

諸神霊も言っていたと思いますが、宗教家の場合、「10%」の間違いとて許されない、と。

それは同時代の人間の心のみならず、後代の人間の心まで狂わせてしまうために一般よりかは遥かに厳しい、と。

心を狂わせるからではなく、神の名を語るからです。

こういった言い方は原因と結果を混同している。

神の名を語って真理と言い、それが間違っている場合、これを「原因」として「結果」、人の心を狂わせ、後代の人間の心まで狂わせる。

だからその反作用を受けるのです。

作用は反作用に等しく、斥力は引力に等しい。

「救世の法」とその編纂に関しては大川さんと私が、今回はもっており、中心はもちろん大川さんですが、私も半分弱はもっています。

今回の救世運動は、一人でやるには大きすぎるのです。

その「救世の法」のパイオニアが、高橋信次氏であるため「1976年まで」の「GLA」の教えを扱っています。

今回の実質的な救世運動は、高橋信次氏から開始されているのです。

ただ少し「GLA」というネーミングには受けましたけどね。

GLAの前身は、「大宇宙神光会(だいうちゅうしんこうかい)」です。

一瞬、何かをためらいそうな、二の足を踏みそうな名前ですが、宗教臭過ぎて。

どっかのあやしげな新興宗教みたいで。

それ以外の解釈のしようがないというか、それ以外の解釈を許さないというか、まんまで。

一人、自分で「大宇宙神光会」と、つぶやいてみますと、・・何か笑いがこみ上げてくる。

何か目に見えない壁が立ちはだかりそうで。

大宇宙神光会

やはり故・佐藤正忠氏が名づけた「GLA」(ジーエルエー)の方がいいでしょうね。

しかして「GLA」とは、「ゴッド・ライト・アソシエーション」ですから、日本語に訳せば、結局は「大宇宙神光会」となり、英語に直しても、この名前からは逃れられない。

大宇宙神光会

つい、笑いがこみ上げてくるのは俺だけか?

純朴な方のようで。

そのまんま過ぎてね。

だって「大宇宙神光会」なんて堂々と仰られるから。

まぁ余計な話ですけどね。

今後、「GLA」と「幸福の科学」の教えに関して初心に戻って整理していこうと思っています。

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コメント

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