「法の精神」とは、法への服従の精神ですが、近代の民主主義ではある任意の独裁者の恣意やご都合主義による統治を認めておらず、法による統治を認めています。
自我の都合よりも客観的な「法」を重視しているのです。
宗教の世界では、逆にある任意の教祖の自己中心的な恣意やご都合主義で統治している教団が多く、「法の精神」を理解していない教祖も多いわけです。
「法」は教祖の上にあり、人間の上に存在します。
「法」に優る教祖は存在せず、「法」に優る人間も存在しません。
「法の精神」とは、「法」への服従の精神であり、神への謙虚さの精神です。
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