Report No.395
「知って犯す罪」と「知らずに犯す罪」はどちらの罪が重いのか?
キリスト教では「知って犯す罪」の方が重く、「多くむち打たれるであろう : ルカ12-47」と説かれ、仏教では逆にミリンダ王問経で説かれておりますように「知らずに犯す罪」の方が重いと説かれています。
あの世の高級霊の世界でも、例えばシルバーバーチは「知って犯す罪」の方が重いと残しておりますし、ゼウス神やモーゼは「知らずに犯す罪」の方が危険であり、重いと言い、「知らないことそのものが最大の罪」であると述べていました。
インドの哲学でも「迷即悪、知即善」とあり、知る者は迷わず、知らぬ者が迷うと説かれています。
知って犯す罪は存在せず、それでも知って罪を犯すならば、それは知っているのではなく、知らないのです。
この「知って犯す罪」と言うこの「知る」とは、現象法を知っているのであって、真理を知っているのではありません。
人間の創った法律やルールを知って犯した罪の方が重いと言っているのであり、真理を知って犯している罪のことを指しているのではないのです。
真理を知って犯す罪というのは存在しません。
それでも罪を犯すならば、それは真理を知らないのです。
真理を知らないことそのものが最大の罪であり、「知らずに犯した罪」の方が重いということです。
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