Report No.351
「本来、物質なし」、「本来、悪なし」、「本来、罪なし」、「本来、病なし」という生長の家の教えがあります。
この悟りと教えを超える悟りが「宇宙即我」の悟りであり、「神人合一」の悟りであり、「天地一体」の悟りなわけですが、ただ唯神実相哲学の実在論に関しては誤解している人も多いと思う。
最も誤解したのが白光真宏会であろうけれども、諸神霊は五井昌久は地獄に堕ちてしまったと言っていました。
とろこが五井昌久と同じ誤解をしている人は割と多いのです。
本来、罪なし、悪なし、病なしの実在論を実相から現象(物質)にすり替えて説いてしまったのです。
本来、悪なしではなく、現実にも悪はないのだ、罪もないのだ、病もないのだ、たとえ罪があり、悪があり、病があるように見えたとしても、それは過去の悪しきカルマが崩壊し、消え去っていく現象であり、それを悪や罪として認めてはいけないのだ。
それは過去の悪しき業が崩壊している現象なのであって、現実にも悪はなく、罪もなく、良くなっていくしかないのであると説き始めた。
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